デッドゾーン
ああ、またしけたイラストで申し訳ない……。
思い入れが過ぎるとよけいにうまく描けません。ファンの方、許して。
スティーブン・キング原作のこの物語は有名です。実は悲劇的な苦痛に満ちた、それなのにあまりにも主人公が魅力的で崇高なこの話を読んでいたので、ドラマを見るのは耐え難いと、今になるまで見ていませんでした。
でも、すでにシーズン4が始まり、まだまだ本国アメリカでは続いている模様。だったら見てもいいかなと(笑)。そして、あらゆる設定が原作とは違っておりました。
ジョニー・スミスは平凡な高校教師。サラという婚約者と結ばれた夜、帰宅途中に交通事故に遭った。彼は6年昏睡状態に陥り、だれもがその死を覚悟していた。
だが、ジョニーは目覚め、そして目覚めたばかりだというのに、彼には人(物)に触れると過去や未来のショッキングな映像が見えるようになっていた。
砕けた骨の代わりに太ももにボルトを入れられ、長い間眠っていたジョニーは立つこともできず、それでも良い理学療法士との出会いによって、杖をついて歩くことができるようになった。
眠っている間に母は亡くなり(父はすでに他界)、最愛の恋人は他の男性と結婚して、なんとジョニーの息子を育てていた。
すべてを失ってしまったジョニーは耐え難い孤独に陥り、身体を苛む痛みとも戦っていかねばならない。そして、飛び散ったという脳の一部に新たに現れた「デッドゾーン」
その映像は、ときに惨殺された人の姿であったり、大量殺戮であったり、大災害であったりと、見るたびにジョニーを苦しめる。
知った以上は救いたいと、不自由な身体で頑張るジョニーに、「起きてはいない出来事」を信じる人は少ない。脳を損傷しておかしくなったと罵られながらも、自分の心のままに踏ん張るジョニー。
原作と違い、ドラマではサラの産んだ子供がジョニーの子であったことから、事情を知った上で結婚を申し込んだサラの夫、ウォルトはジョニーを受け入れざるを得ない。それでも、最初は不快な顔を丸出しにしていたウォルトだったが、ジョニーが殺人事件のヴィジョンを見て、それが本当であったことから、徐々に事件の真相を探るためにジョニーを頼りにしだす。
ここが、このドラマの救われるところで、ジョニーはひとりぼっちではないのだ。
ジョニーの復活を、複雑ながらも喜ぶサラが抱きついたとき、「君には6年であっても、僕にとっては昨日の続きだ」と、ふたりきりで会うことを戒める。
ジョニーは分別のありったけをサラや息子に向け、息子に近づくことなく見守るスタンスを変えない。そして、凛々しくそう告げた後、とても傷ついた、寂しい表情を浮かべているのだ。
ただ、もうひとつ大きく救われる人物がおり、それが理学療法士のブルースだ。
ブルースは、いつでもどこでもジョニーのそばにおり、今や誰より彼を理解してくれている。口は悪いが、ブルースがいなかったら、たとえサラやウォルトがいても、ジョニーは寂しさのあまりおかしくなってしまったのかもしれないとすら思う。
働きたくても、ヴィジョンをひっさげたジョニーを雇う人はいない。大金持ちだった母親の遺産で、そしてそれを自由に管理しているパーディ牧師のおかげで、ジョニーは無償で警察に協力できる境遇だ。
原作のジョニーはもっとリアルに、病院に多額の借金を残し、なんとか働かなくてはならなかったから、ドラマのジョニーのほうが救われる。そして、見ている側も、ああ、よかったと安心するんである。
ジョニーはある議員の手を握ったときに、世界が核戦争で崩壊するヴィジョンを見る。
そして、ここがこの物語の核として、長いドラマの合間合間に入り込む。
どうやら、原作とは違った道を歩みそうなので、ほっとして見られる。
時には呼吸すら止まるほどのヴィジョンに苦しみ、杖を手にしたジョニーは、その痛々しさ故に魅力的だ。
ただ、シーズン3あたりから杖なしで動けるようになりつつあり、シーズン4ではそれを捨てるエピソードが入る。
喜ばしいことかもしれないんだけれど、あの杖をついたジョニーがひとセットだっただけに、少し残念。大きな仕事を成し遂げる傍ら、サラを想い、息子を想い、身体を労らねばならないヒーローだからこそ、ここまで同情し、一体化して見たんだけどなあ。
これ、またエピソード別に書きたいくらい、おもしろいです。
未見の方は、ぜひ気の毒でかっこいい、杖をついたジョニーを見てください。
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