ディオニュソスの階段
時代は、まだ馬車が走っている頃。十九世紀の幕開けを迎えた街。
どこかの市と、その外れにある「地獄」とすら呼ばれる無法地帯に、敏腕刑事であったミルトン・ジェルミナルは左遷される。
彼が、かつて解決した事件で凶悪犯を逮捕した際の心の傷が癒えず、麻薬に手を出してしまったからだ。
その街で、富裕層の夫人が惨殺される。身体中の噛み痕、切り刻まれた無惨な遺体は警官たちをもショックを与える。
美しい刑事は、その街で両腕が生まれつきない研究所の所長のノヴェールと出会う。彼は、この町の検視を行う医師なのだが、自分では執刀せず、助手に的確に指示をしていくさまは、人柄と頭脳の良さを明晰に物語っている。
ジェルミナルは、この彼を最初恐れる気持ちにすらなるが、やがてふたりで事件を解明するとともに、自分自身が負ったジャンキーという負の部分をもこのノヴェールに委ねていく。
街は大きな工場に勤める工員たちが多く住み、彼らは賃金の低さや自分たちの待遇に常に不満を持っている。そして、社会主義者の青年に扇動されるようにストライキを企んでいる。そこの行程長であるスティグルは、それを抑えつつも、チャンスを待てと工員たちを諭す。
スティグルは、まるで天使のように美しいが、両手は酸に焼け、不可思議な雰囲気を持った男だった。
殺人は次から次へと立て続けに起き、ジェルミナルは非科学的な捜査で血迷っていく署長とも戦いながら、科学的な新しい捜査と自分の勘を信じて、真実に近づいていく。
……う~ん。くらい。つらい。
美しい男が出てくるのだが、巻末にも「作品の性質、作品の時代背景を考慮して、現在使われていない表現を私用している……」旨が記されているとおり、確かに現在の出版界では有り得ないほどの厳しい表現が多い。
ノヴェールの負った、生まれつきの姿態に対しての人々の言葉も、それ以外のこともけっこう、つらい、と思う部分が多かったのだが、確かに時代が古すぎるだけに、そういった心ない言葉が平気で使われていたのは間違いないのだろう、とも思える。
そうして、そういった人々の扱いの中、毅然として弱き子供たちを愛しているのベール伯爵の姿が、ひどく魅力的に描かれている。
ひどい言葉が多いだけに、彼の生きてきたものがただならぬ道だったと、かえって知ることになるのかもしれない。
また、彼の両腕の代わりに、ぴったりとそばにいる巨人ゾラは、大人にならないままの純粋な魂を持った、彼の騎士である。
このゾラが、また物語の陰惨さを救ってくれる。
そして事件が落着した、そのあとにタイトルにある「一段目、二段目~」という章がが始まり、犯人ディオニュソスとノヴェール伯爵との事の起こりの物語が始まる。
それまでジェルミナルを中心に回っていた世界が、ひと息に過去に戻るわけだが、犯人が分かってふ~んなんていう気分でいた読み手を、ひと息に切ない気分に落としてしまうかのようだ。
こんなふうに生まれなければ、こんなふうに育たなければ、彼にはもっともっと違う人生があったであろうのにと思わせるくだりに「殺人犯」への憎しみが遠くなっていく。
そして、なにもかもを否定された、現在としての彼の心情に想いが至ってしまうのだ。
だから読後に、なんだかもの悲しい気分になる。
けれども、ジェルミナルをも救ったノヴェール伯爵と、その僕であるゾラがお互いを支え合って生きていく姿を思い出すと、少し救われる……かなという気分でもあるのだけれど。
いろいろいろいろ、考えさせられてしまう物語でした。
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